· 

お墓じまいをしたその後のストーリー

文:メモリアルアドバイザー 砂田嘉寿子

今年の春に「先祖のお墓を墓じまいしたい」とご相談くださった富山市のHさま。
亡くなったお父さまはそのお墓に入らず、富山市納骨堂の直接参拝壇(個人墓)に納められたというこでした。

「父をキレイなところに入れてあげたくて」とおっしゃっていたHさまの家のお墓は、安政7年に建てられたもの。

そこに眠るご先祖をまとめて合祀したいということで、お骨のおまとめのご依頼もいただきました。

 

お墓を解体する前に墓前法要をおこない、ご先祖のお骨の改葬をされたHさま。
どこかしんみりした雰囲気があったのは、そのお墓にまつわる長い家族の歴史に想いを馳せられたせいかもしれません。

 

その法要と改葬に立ち会ったさいに、Hさまから「記念にどうぞ」とご本をいただきました。

この「海のこだま」は、第二次世界大戦に出征したHさまの叔父にあたる小一郎氏と母(Hさまの祖母)の往復書簡がまとめられたもので、この本の編者は先般お亡くなりになったお父さまでした。
この本にも登場していたH家のお墓。そのお墓をしまうまでの経緯とその後について、Hさまにインタビューを申し込むと快くお答えくださいました。


「「海のこだま」拝読いたしました。歴史のあるお家のお墓だったのだとあらためて感じました。

ところで、小一郎氏のお骨は、南方の戦地から帰ってきたのですか?」

 

「ありがとうございます。小一郎のお骨は帰ってきてないと聞いています」

 

「ということは、小一郎氏が残した手紙の「靖国に行く」とのとおり、みなさん靖国神社へ参拝にいかれていたのですか?」

 「小一郎は靖国に合祀されていると思いますが、詳しくはわかりません。祖母も父も行ったことはあると思います。私も一度、行ったことがあります。
ちなみに私の名前の「靖雄」は靖国神社雄山(立山連峰の主峰)から付けたと幼少のころに聞いたことがあります。

「日本と富山を想う」という意味合いかと思います」

 

「ご本を読んだあとに、お名前のエピソードを聞くととても感動しますね…。

お父さまは、ご先祖と同じお墓に入りたいという想いはお持ちではなかったのでしょうか?」

 「うちの墓は、墓自体が古いのと、墓廻りがかなり荒れており、新設するか移設するか、父とは生前に話したことはあります。 とくにどうしたいという事にはならず、母、妹、妻とも相談の上、墓じまいして富山市納骨堂に納めていただきました。」

 「さしでがましいようですが、こうしてお家の歴史を知ると、もしお墓を残す方法があれば、お墓を維持していきたいと考えられたかどうかお聴きしたいです」

 「墓守や先祖のお守りということでは、私自身には宗教的な執着はありません。 お墓には、亡き小一郎、祖母、祖父の他に私の実母と実兄のお骨も葬られています。 私と生前一緒だったのは祖母と実兄だけです。」

 「小一郎や祖母の人生は記録もあり、他者からも興味深く尊く、立派な生き様でした。 ただお墓に祀られた他の身内も、父としては愛すべき親族ですので、小一郎と祖母をことさら持ち上げる事は少なからず抵抗があったのではないかと思います。

父と私にとっても二人の生き様は誇らしく、世に知ってほしい気持ちはありますが、弔う気持ちは他の身内と同様です。」

 

「父としては、その辺のことがあって、お墓のことはどうしたいと言えなかったのではないでしょうか。結局私の考えるようさせていただいています。」

 

 「そうでしたか。このお盆は、お墓がない初めてのお盆になりましたが、墓じまいをされてしばらく経ったあとのお気持ちを聞かせていただけないでしょうか?

 

 「今年、墓じまい後最初の盆で、父の新盆でした。自分はお盆は人出が多いので、納骨堂への参拝はお盆を外して、と考えていたのですが、ここ10年ぐらい墓参りをしていていなかった母親と妹が、お盆に参拝したいと言ってきたので連れて行きました。」

 

「14日にお参りしてしてきましたが、人出は多かったものの駐車もでき、問題なかったです。

墓じまいしをてお墓はなくなりましたが、家族も亡き父や先祖を偲ぶ思いはかえって強くなったようです。


この「海のこだま」に書かれている実際の書簡や他、小一郎氏の形見として残っていた戦時中の自筆の日誌や記録は、富山県立図書館の公文書館に寄贈され、 貴重な資料として保管整備されているとのことです。
また本を読んだ感想はこちらのコラムにもアップしています。

 

「墓じまい」について、「お墓は必要ない」や「日本人の祖先崇拝を軽んじている」といったイメージが先行している感がありますが、それはじっさいの声とは違うものだと言わざるを得ません。

 

お墓があるからどうだ、こうだと考えるのは、少し短絡的すぎるのかもしれません。

Hさまのご家族のように、お墓がなくなったことで、より先祖を愛おしく感じる気持ちに気がつくこともある…。

 

このインタビューをとおして、人を偲ぶ気持ちは人それぞれであり、その形式にこだわりすぎて、大きなものを見失うことがないようにしたいと強く思いました。