· 

「お墓って過去のもの?」「いえ、どちらかというと未来形です」

文: メモリアルアドバイザー 砂田嘉寿子

▶お墓を時系列で考えると…?

あなたは「お墓」「墓石」を時間系列にあてはめるとすると、「過去」「現在」「未来」のどれを選びますか?

ほとんどの方は「お墓=過去」と連想するのではないでしょうか。

 

私もお墓というと、今までは「過去形」で見ていました。
の私たちからみると、たしかにお墓は過去に建てられたものであり、そこは過去に存在していた人が眠る場所であります。

 

ではその視座をちょっとずらしてみましょう。

自分たちの現在の視点でなく、そのお墓を建てた人の視点、またはお墓に入っている人の視点へ。
もしくは、今生きている自分がそこに入るときへ。

 

そうすると、「お墓」はいっきに未来形へと変わっていきます。

未来の人、子どもや親族、友人・知人がそこにお参りに来てくれる、会いに来てくれる、語りかけに来てくれる。

 

お墓を建てる仕事をしていると、よく施主さまから「自分が眠る場所ができて安心した」という安堵の言葉をいただきます。

「そうか。人は自分の行く先がわかっている方が安心して生きられるんだ」ということを仕事をとおして知りました。

 

しかし最近は、そこにはもう一つ隠されていた言葉があって、その意味の方が大きいのではないかと考えるようになりました。それは、

「自分を知っている誰かが、自分の死後もそこに来てくれるから」安心できるという意味でもあったのではないかと。

▶未来がみえないときに考えるようになる「墓じまい」

そう考えると「墓じまい」は、その逆の現象だということが見えてきます。

そこに入っても、そこへお参りにくる人はいない。誰もみてくれないので墓が荒れる。荒れた墓に眠っていることが、誰かの迷惑になるかもしれない…。

墓じまいを考えるとき、そこには必ずこういった未来を見据えた考えが根底にあります。

あまりにも遠い先の未来を思いわずらう必要はまったくありませんが、人はどうしても未来を向いて考えるものです。後ろ向きに歩く人はいませんからね。

 

お墓を残したいと考える人にも、その先には未来があります。
そして今ある墓をしまう人にも、その後の未来があるのです。

 

お墓とは、私たちに「過去と現在と未来を往来させてくれるナビゲーター」のような存在なのかもしれませんね。