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葬送の簡素化は本当に家族を大切にしないことにつながるのか?

メモリアルアドバイザー 砂田嘉寿子

▶家族観の変化と葬送の簡素化というマジックワード

「0葬」や「直葬」など今までにはなかった言葉が葬送業界に流れるようになった近年。

私たち業界側の人間にとってはある意味、激震が走ったかたちになります。その流れを何とか食い止めたい人なり組織から聞こえ出してきた言葉に「家族関係の変化」だったり「家族観の希薄さ」があります。

「家族」に警鐘を鳴らして、あるべき葬送のカタチを位置づけ、その簡素化を防ぎたい。これが現在、この業界の新しい(?)流れであると感じています。

 

実は私自身、その流れに何となく違和感を持っていました。言っていることは決して間違っていないのです。ただ、正論に講釈垂れられるとウンザリするといいますか、私がそう感じるということは、業界とは関係のない一般の人はなおさらなのではないかと。

 

ある一定の年齢層や人々には響くかもしれませんが、それ以外には響かないどころかスルーされてしまう可能性があるこの「家族」というマジックワードの多用。

このことについて、私なりの見解を整理したと思います。

▶そもそも家族間の関係性は本当に希薄になったのか?

日本の家族はこの数十年、どのように変化してきたのかを知る手立てとして、博報堂の生活総研が行った「日本の家族25年変化」を見てみましょう。

1988年から2013年まで、同じ内容の質問を首都圏に住む20歳から59歳までの1,000世帯に行ったものです。対象地区が首都圏のサラリーマン家庭なので、データとしては多少偏っている部分もあるかもしれませんが、ここからわかるのは現在の家族観の一つのカタチであると言えます。

質問は、「親子の関係」「夫婦の関係」「親族との関係」の三本柱でそれぞれ2~3つの質問があり、それにその他の質問が1つ加わっています。

その解答を分析して、今の家族を表した言葉が「子供信託家族」です。これは子供を中心に置き、そこに、時間・意識・お金のリソースを集中させ、そこを軸として、夫婦や親族との関係を再構築しているということです。

これは家族関係が希薄になっているどころか、むしろ家族がより強固に繋がっていることを意味しているのではないでしょうか。

▶昔の親子関係の方が本当に絆が強かった?

「今の若者は親を大切にしない」「育児放棄が増えている」「親が子どもに遠慮している」などといった言葉もよく聞かれるこの頃。

これはもちろん、そのとおりのことも起こっていますが、かといって本当に昔の親子関係は言うほど完璧だったのかという疑問から生まれたのが、大塚ひかりさんの著書「本当はひどかった昔の日本」 です。

ここでは昔の家族はもっと残虐で、もろい家族関係であったことが古典の物語に描かれていると指摘されています。

また昔の日本の親子関係は放任主義が当たり前で、子ども同士で遊んでいるのが普通でした。(日本人はダメになったの「ウソ」。戦前の日本人も大したことなかった…)

私は40代前半ですがたしかに親に遊んでもらった記憶はありません。ひるがえって現在は、兄妹が少ないこともあり親子で遊ぶ姿が頻繁にみられます。

また小さなころから幼児教育に精を出す親も増えています。

▶日本人の死生観は簡素化しているの?

ここまで、昔と今の家族観の様相がどのように変化したかを記してきましたが、これをまとめると、決して家族関係は希薄にはなってないし、親子関係は薄くなっていない、むしろ意識の上では強くなっていることがわかります。

では、日本人の死生観はどのように変化したのでしょうか。

これが大きく変わってきたことが、葬送の簡素化につながってきているのでしょうか。

ここに一つの論文があります。「日本人の死生観をどうとらえるか。量的調査を踏まえて」(東京大学 死生学・応用倫理センター 堀江宗正氏)

ここで注目すべき部分は、「葬送について―脱宗教化と墓の継続」のところです。

「葬儀をしてほしい」は「しなくてもいい」を上回り、お墓についても「持っている・先祖の墓に入る」「持ちたい」が「いらない」を大きく上回り、約8割の回答者が「お墓に入る前提であること」がわかります。

 

また「お墓を守るのは子供の義務だと思う」と8割弱が考えていることが明らかで、墓の形式についても、現状の墓を維持したいという考えが半数を超えています。

墓守についても年齢差は見られず、20代でも7割以上が「子供の義務」と考えています。

この葬送、とくにお墓の部分での論者のまとめは、「墓を軸とする『家』『家族』の意識は若者においても根強く、とくに若い女性にいたってはもっとも強く葬儀を重視する傾向がある」となっています。

実際に私が聞いた話にも、団塊世代のご夫婦で、墓石を建てずに散骨してほしいと考えていたけれど、息子さまは「家の墓」を望み、元気なうちに建てておいてほしいと考えていてビックリしたという声がありました。

何でもお孫さんもすでにお墓参りが習慣化し、お墓は情操教育の面でも、また家や自分たちのルーツをお墓を通して伝えたいという想いがあるようで、若い世代にもこういう考え方を持つ人が一定数いるのは間違いないようです。

▶日本人の家族観と葬送の簡素化のまとめ

以上のことをまとめていくと、葬送の簡素化と家族関係の変化はつながっているようで、そうでもないという事実が見えてきます。

葬送の簡素化・多様化は社会構造の問題や影響が大きく、こと「家族」という点においては、社会の変化にともなっているだけであり、その精神性は変わらないか、むしろ強くなっている部分もあると見てとれます。

墓じまいのお墓をしまう流れや改葬(お骨の移動)について言うならば、墓の老朽化と墓地の問題がまずあり、家族の変化はその次にある問題です。

これは私の実際の実感でもあります。

 

もし葬送の簡素化を嘆き、防ぎたいと考えるならば、社会や経済、宗教的価値観の意識の変化に目を向けるのが優先で、家族うんぬんはその先の話だということ。

そして「お墓を大切にすることは家族を大切にすること」という提唱は、「今の若者はなってない」と同じ言質にであり、むしろ今の人たちは身近にいる家族を大切にしている姿をまったく見ていない、何もわかっていないこの業界の古さを浮き彫りにしているようにみえるのです。