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【墓じまい】お墓からわかるその家の長い歴史に心がふるえた

メモリアルアドバイザー 砂田嘉寿子

(写真と本文は一切関係がありません)

古いお墓は知っている。街と家と人の歴史を

今週は墓じまいの見積もり依頼が2件あり、どのお墓もその歴史が古いため、お客様からいただく情報にも社会が大きく移り変わってきたことを感じる場面が多かったです。


一つは明治時代のお墓。
お墓の承継者さまもそのご兄弟も県外にいらっしゃり、東京の多磨霊園に建てたお墓にご先祖のお骨を改葬(移動)し、両家墓として見守っていくという経緯です。
 
現在は共同墓地になっているところに建っているのですが、元々その一帯はそのお家が所有していた土地だったとか。
元は地主のお家柄だったんですね。
しかし農地改革により所有権を失い、現在は墓地となっているとのことです。
「落ち目になりましてね‥(笑)」と冗談まじりにお墓とお家の背景をお話しくださいました。
 
もう一つのお墓は富山市営霊園に大正時代に建てられた大きなお墓です。
そのお家の方は千葉県にいらっしゃり、富山のご親戚の方が代わりに掃除などをして見守っていらっしゃったのですが、千葉にお住まいの方の家がこの方で絶えてしまうので、元気なうちに責任を持ってお墓をきちんとしておきたいとお考えだということでした。
 
墓地も大きくお墓も古いながらも立派なのですが、富山のご親戚の方が「子どもと孫と三代にわたって守ってきた」とおっしゃっていました。お墓が立派というのもありますが、100年経ってもそれほど汚れも感じさせないのは、しっかりと「まもりびと」を務めてこられた証でもあるはず。
 
市営霊園なので、現在はしっかり区間が決まっていますが、元々は周りには全くお墓が建ってなく、もちろん整備もされていなかったとのこと。
そのお家の一族の墓しか周りに建っていなかったそうです。当時であれば、個人墓がまだ残っていたかもしれませんね。
 
そして、その大きな墓所の敷地内にこれまた大きな黒御影の墓誌がありました。
270年前までさかのぼってある墓誌は、享保の時代から始まり、後ろ側までずらっと全ての方の法名が刻まれていました。
 
これだけ歴史が古く、由緒あるお家の立派なお墓を壊さないといけないことにさすがの私も抵抗を感じずにはいられなかったです(笑)
しかしこのお家の方が、この長い家の歴史の幕をご自分で閉じたいという固い決意があってのこと。
江戸時代の元号を見たせいか、大政奉還をした最後の将軍・徳川慶喜のことがチラッと頭をかすめました。
古いお墓というのは、どんな家にもそこにその家の歴史を持つこと、そして周りの風景も体制の変化もずっと見つめてきている存在だということを、お客さまとそしてお墓から教えられました。