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【お墓の教科書】社会科:技術の進化と葬送の移り変わり

メモリアルアドバイザー 砂田嘉寿子

お墓は世相を表すメディアです。

現在は、一昔前では考えられないくらいに葬送のカタチが多様化してきています。

お墓というと墓石と考えますが、もともと「墓」という字は「石」を表しているわけではありません。(私が自分のお墓講座で最初にお話しするのもここからになります)

私たちが建ててきた墓石=家墓は、江戸時代後期の檀家制度で一気に一般庶民に普及し、明治時代の家制度(家督制度)で揺るぎないものとなり、現代にまで引き継がれてきています。

 

人間が死者を埋葬するようになったのは約10万年前になりますが、墓石が一般的になったのはここ200年くらいの歴史です。

200年といえば立派に長い年月ですが、埋葬文化の長さのうえでは500分の1という程度です。

 

ただしこの200年の歳月の墓石文化(と言っても良いのなら)があったおかげで、多くの人々に供養の心が根付き、共有されてきたのは間違いのない事実でしょう。

 

そして今。

私たちの生き方は少しずつ多様化してきています。

働き方ひとつとってもそうではないでしょうか。終身雇用は消え、社会保険制度は混乱を極めている現状では、一人一つの仕事だけで生きていくのは難しく、政府も副業を支援する動きを見せています。

数十年前には当たり前だった常識や固定観念は少しずつ変化していき、いかに柔軟に今の時代を生き抜いていくかが、一人一人に問われ始める時代に突入しました。

 

そんな新時代が始まりつつある今、葬送のカタチそのものが多様化するのは当然の流れですよね。お墓は世相を表すものですから、この流れじたいは自然発生的なものです。

ただ多様化するための前提に技術革新がないといけないのは、どの時代のどの分野にも言えることです。

産業革命が労働者の働き方を変えたように、葬送の自由化には何らかの革新が背景にあり、私たちを動かしてきたのです。

葬送のカタチを変えた「火葬」

葬送の変化を促進した2つのイノベーション

その革新の一つが火葬です。

化石燃料が容易に手に入るようになったことや宗教的な背景もあり、日本での火葬率は今や世界一と言われています。

 

その昔、火葬ができるのは特権階級のごく一部の者だけでした。貴重な燃料資源の薪や油を使って遺体を火葬するには、時間とお金がかかったからです。

そのため庶民の埋葬方法は土葬が一般的でした。土葬の歴史、さかのぼれば風葬の歴史も長く、そのため遺体の死穢(しえ)をきらって、墓地という概念が出てきました。

そして火葬が一般化したこともあり、墓地やお墓への死穢は薄れていき、先祖供養というカタチでお墓の文化が定着したのが現代です。

お骨の骨粉化が浸透してきた

もう一つはお骨をパウダー状に粉骨化できるようになったことです。

粉骨にして散骨することは、実はそれほど新しい葬送というわけではありません。

「続日本後記」(承和七 840年)には、淳和天皇は粉骨にして山中に散骨するよう残したと記されていますし、清少納言と親密な関係であったとされる藤原行成も親族を川に散骨しています。

 

粉骨にするには火葬をしなければいけないので、当然昔の庶民にはできません。ましてやそのパウダー状になった骨粉を、家の中での手元供養、そしてペンダントなどの貴金属にして身に着け、死者と共に暮らすという新しい流れは、死穢の概念が完全に消えてきたことを意味しています。

 

死穢不浄の概念が消えたことで、葬送のカタチが原始化してきている!?

今の葬送のカタチの変化の流れは、新しくなっているようで、実はより原始的になってきているのではないかとさえ感じます。

縄文時代の埋葬では住居とそれほど離れていない空間に埋葬され、祖霊の力を中心に据えて共に生きていくという考え方があったとみられています。

縄文時代では死者と生者はより密着していましたが、時代の変遷とともに穢れの思想が広がり、そして火葬というワンクッションが入ったことで、また縄文時代のように亡き人と家族との関係が密着してきているとも考えられます。

 

葬送を考えるとき。

これは単に近世・近代だけでなく、人類の歴史に目を向けることを意味します。そしてまた、日本や自分の住んでいる地域に伝わる葬送を掘り下げていくことは、世界の各地に伝わる葬送文化への興味にもつながると思います。

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